DOCTOR INTERVIEWドクターインタビュー


乳がんで命落とさないで
早期発見・治療に尽力。

乳腺外科ドクターインタビュー

乳腺外科医長 市之川 一臣

    

 乳がんは女性のがんの中で最も発症者数が多い一方、治療の選択肢が増え、早期発見・治療で完治できるケースも多いです。乳がんから患者さんの命を守り、病気になる前と変わらない人生が送れるようサポートする乳がん診療をモットーに、乳がん検診の浸透の啓発、乳がんの正しい知識の普及にも力を注いでいます。
 同科の取り組みや目指す医療の形、日々の診療に対する思い、乳がんの治療法や予防についてなど、日本乳癌学会認定乳腺専門医・日本外科学会認定外科専門医の市之川一臣乳腺外科医長にお話を伺いました。


乳腺外科では、どういった診療を行っていますか?

 女性の乳房にある母乳をつくって運び、授乳する役目をするところ全体を「乳腺」といいます。乳腺外科は、「乳がん」のほか、乳房・乳腺にしこりができたり、痛みを感じたりする「乳腺症」「乳腺炎」「線維腺腫」「嚢胞」など、女性の胸、乳房や乳腺の病気を専門的に診る診療科です。乳房は体表に近いところにあり、他の臓器に比べ病気に気付きやすい場所です。患者さんは、硬いものや柔らかいもの、動くものなどさまざまですが乳房にできた<しこり>や、乳房の奥や乳房の下、脇周辺の<痛み>、透明や黄色の、または血液が混じった<乳頭からの分泌物>、乳房や乳輪・乳頭部のひきつれ、くぼみ、腫れ、ただれなどの<皮膚の症状>などを訴えて来院されることが多いです。
 後ほど詳しく説明しますが、乳房・乳腺の病気で一番怖いのは乳がんです。ただ、乳がんは早期に発見すれば、完治できる可能性の高いがんです。しこりや痛み、乳頭からの分泌物、皮膚の症状がある場合、検診に行くのではなく、すぐに病院の乳腺外来を受診してください。


どのようなことを心掛けて診療にあたっていますか?

 診療の柱は乳がん治療です。乳がんの治療は、それぞれのがんのタイプやリスクに応じた個別化が進んでいます。デリケートな部位だけに精神的なダメージは大きく、また仕事や育児などで忙しい時期に罹患する確率が高いことから、発病が人生を大きく左右します。自分の乳房に対する思いも、人によって異なります。何を目標にしてどんな治療を受けたいのか、または受けたくないのか。ご本人やご家族と十分に相談し、納得したうえで治療に取り組んでいただくことが大切です。乳がんになっても、患者さんが病気になる前と変わらない人生が送れるようサポートする乳がん診療を心掛けています。
 ただ、必ずしもすべての希望や要望に沿えるとは限らないことも理解してもらいたいです。可能な限り患者さんの想いに寄り添うのはもちろんですが、患者さんの命と希望・要望を天秤にかけなくてはならないケースにおいては、私たちはがんを完全に治す機会を最優先に考えます。どんな治療にもメリットとデメリットがあるので、百点満点の答えはないかもしれませんが、女性が女性らしく生きることに配慮しながらも、患者さんの命を守るための選択を重視しています。かつては再発すると有効な治療法がありませんでしたが、現在はさまざまな治療法の進歩により、乳がんの勢いを抑え込みながら、うまく共存していける時代になっています。私たちは、患者さんのがんのタイプや進行度をみながら、患者さんの年齢や内臓の状態、合併症の有無、そして患者さんのライフスタイルや信条に基づいた希望や要望を総合的に考慮し、一人ひとりに合った最善の治療方針を提案します。詳しく話を聞きたいときや、分からないこと、腑に落ちないことがあれば、遠慮せずに尋ねてほしいです。
 乳がんの治療成績を向上させるためには、複数の専門家が協力する集学的治療に加え、病院の総合力が必要になってきます。当院ではどの治療を選択するにしても、3名の日本乳癌学会乳腺専門医(2022年12月現在)を中心に、日本医学放射線学会放射線診断専門医、日本病理学会病理専門医・日本臨床細胞学会細胞診専門医、日本外科学会外科専門医、日本医学放射線学会放射線科専門医、日本臨床腫瘍学会腫瘍内科専門医、日本看護協会がん化学療法看護認定看護師、日本看護協会緩和ケア認定看護師など、それぞれの分野の専門家が診療科や職種の枠を超えて密接に連携し、検診、検査、診断から治療、経過観察までゆっくりと信頼関係を深めながら、長年にわたって患者さんの状態を見守ります。また、患者さんの中には、ほかの病気を患っている方もいます。総合病院のメリットを活かし必要な診療科と連携し、持病・合併症の治療や緊急時の対応などより安心・安全な医療の提供に努めています。患者さんが症状に応じた適切な医療を受けられるよう「札幌駅前しきしま乳腺外科クリニック」「北海道大学病院」との病診連携も推進しています。


乳がんについて教えてください。

 国立がん研究センターがん情報サービスの最新がん統計(2017年)・がん罹患者数予測(2021年)によると、この1年でおよそ9万5千人が新たに乳がんの診断を受けるとみられ、乳がんは女性の9人に1人が罹患するなど、女性のがんの中で最も患者数が多いです。乳がんの罹患率は30代後半から増加し、40代後半から50代前半がピークですが、あらゆる年代で油断ができない病気です。北海道は全国に比較すると乳がん死亡率は残念ながら高いのが現状です。乳がんの発症や増殖には女性ホルモンが深くかかわっています。妊娠してから授乳している間は、ホルモンの分泌が抑えられます。しかし、女性の社会進出や少子化、晩婚化などでホルモンの影響を受ける期間が長くなっていることが、増加の一因と考えられています。乳がんは早く発見できれば治癒する可能性が高い「治りやすいがん」です。日本の女性は、子育てや家事、仕事を優先して自分の健康を後回しにすることが多いので、胸のしこりなどの異常に気付いていても受診が遅れるケースが目立ちます。「もう少し早く来てくれたら」と思う患者さんも少なくないです。治りやすいがんである一方、発見が遅れてがんが進行すると、リンパや血液の流れにのって肺や骨など全身に転移しやすいのも乳がんの特徴で、厄介な点です。乳がんの検査は触診、マンモグラフィー、超音波(エコー)検査が代表的です。マンモグラフィー(乳房エックス線撮影)は、がんの可能性を示す石灰化など、触っただけでは分からないような早期のがんを見つけるのが得意です。一方、超音波検査は小さなしこりを見つけやすく、乳腺の発達している人の検査に適しています。乳がんの疑いがあると診断された場合は、病変の一部を採取する病理検査で詳しく調べ、良性か悪性かの確定診断をします。悪性と判断された場合は治療となり、良性と判断された場合でも医師の指示に従い、定期的に検査する必要があります。現在の乳がん治療は、日本乳癌学会が作成した「乳癌診療ガイドライン」によって標準治療が制定されています。標準治療と聞くと、「普通の治療」「並の治療」のように思えるかもしれませんが、現時点での「最善・最良の治療」といえます。当院でもこのガイドラインに基づき、手術、放射線療法、薬物療法(ホルモン療法も含む)、化学療法(抗がん剤治療)を組み合わせた集学的治療を行っています。


乳がんの手術と放射線療法、薬物療法について教えてください。

 乳がんのごく標準的な治療の流れとしては、手術と放射線療法で乳房やその周辺のがん組織を取り除き、転移や再発予防のために、検査で確認できないような小さながん細胞を薬物療法で叩くのが基本です。手術には「乳房温存術(乳房部分切除)」と「乳房全摘術」があり、しこりの大きさや場所、広がりによってどちらを選択するかが決まります。また、乳がんの細胞の一部は、リンパの流れに沿って脇の下のリンパ節へ広がっていきます。以前は、がんを手術で取り切ることを目的に腋窩(えきか)リンパ節はすべて取り除くのが一般的でした。しかし、今は転移の有無を診断できる「センチネルリンパ節生検」によって、不必要にリンパ節を切除せずに済むようになりました。乳房温存術を選択した場合は、再発を防ぐために必ず放射線治療を行います。乳房を温存した場合はもちろん、乳房全摘術を選択した場合でも、手術のあとに放射線治療を行うことで再発率を下げられることが分かっています。放射線治療が乳がんの治療全体の中で果たす役割は大きく、不必要な拡大治療を避け、患者さんの負担を小さくしながらも根治を目指すことに貢献しています。

 乳がんには乳房内にとどまっている「非浸潤がん」と、乳房周辺の組織へ広がる「浸潤がん」があり、浸潤がんの場合は全身にがんが潜んでいるおそれがあるので、手術だけでがんを治すことは難しくなります。また、がんの病期がⅢ期、Ⅳ期と進んだ場合も治療の中心は薬物療法となります。
 薬物療法では抗がん剤のほかに、ホルモン剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害剤なども使われています。乳がんは病期による分類のほか、がん細胞の病理検査によって4タイプ(サブタイプ分類)に分けられ、それぞれ用いる薬物の種類が異なります。近年、薬物療法は急速に進歩しており、標準的な治療などが難しくなり、これまで打つ手が乏しかった患者さんの予後改善が期待できる新薬が次々と登場し、乳がんと闘う薬物療法の手段は確実に増えています。例えば、再発乳がんは治療をしても根治は難しいとされていましたが、新たな薬が次々と使えるようになり、現在では乳がんは再発しても治療をすれば確実に寿命が延び、時には治ってしまうということが夢ではなくなってきています。ただし、新しい薬は重篤な副作用が出現するリスクもあるなどデメリットもあり、ここでもやはり、納得できるまで医師から薬の特徴を説明してもらい、納得した上で治療法を選んでほしいと思います。
 乳がん治療はまさに日進月歩です。古びた知識のまま惰性で診療する医師にならないよう、常に危機感を持って新しいことを学んでいます。


乳がんの予防はどうすればいいですか?

 残念ながら、乳がんにならないようにする一次予防は困難ですので、早く発見して健康を守るという二次予防が大切になります。乳がんの早期発見のために有効な考え方が「ブレスト・アウェアネス」です。「乳房を意識する生活習慣」のことで、①自分の乳房の状態を知る ②乳房の変化に気をつける ③変化に気づいたらすぐ医師へ相談する ④40歳になったら2年に1回、乳がん検診を受ける、という4つのポイントがあります。
 ①〜③ですが、異常を見つけるためには、普段の自分の胸を知っておくことが大事です。セルフチェックは、女性が自分の体の変調に気づくための大切なきっかけです。入浴時に月1回ほど、裸で鏡も見ながらチェックすることをお勧めします。生理が終わった4〜5日後、乳房の張りがない柔らかい時期が最適です。閉経後の人は「毎月○日」などと決めるといいでしょう。チェック方法はまず、両腕を上げたり、腰に手をあてたりして胸を張り、乳房をよく見て、えくぼのようなへこみや赤み、腫れがないかを確認します。次に、指の腹で圧迫するように脇から乳房にかけて触り、しこりや硬い部分がないかを確かめてください。体に石けんやオイルをつけて滑りやすくすると分かりやすいです。乳がんを見つけようというよりは、体重を測るくらいの気軽な心構えで、自分の乳房に関心を持つことが大切です。そして、小さな変化の気づきであっても、決して放置せず、すぐに病院の乳腺外来を受診すること。検診を待つのでは遅いです。検査を先延ばしにしたい気持ちも理解できますが、早期発見できれば生存率は高いのですから、迷っている人は一歩を踏み出して専門医の診療を受けてほしいと強く願います。④ですが、「セルフチェックをしているから大丈夫」ではなく、変化がなくても1〜2年に一度は乳がん検診を受けてください。しこりを自覚した時点では、すでに乳がんがある程度進行してしまっているケースも多いので、セルフチェックだけで安心や油断をしないことも重要です。「セルフチェックだけでいいのでは」とか「検診を受けているからセルフチェックはいらない」ではなく、どちらも必要です。


最後に読者にメッセージをお願いします。

 繰り返しになりますが、乳がんは早期に発見し、適切な治療を受ければ治癒させられる可能性が高いがんです。治りやすいがんで死ぬのは、本当にもったいないことです。乳がんから大切な命や乳房を守るために、ブレスト・アウェアネスを若いうちから習慣化し、40歳を過ぎたら症状がなくても定期的に検診を受けてください。コロナ禍、であっても乳がんになる人が減るわけではありません。検診・検査は「不要不急」には当たらないことを今一度、大きな声で呼びかけたいです。
 万一、乳がんにかかってしまっても、がん=絶望ではありません。新薬や新技術が次々登場し、保険適用の範囲も広がっています。がんの進行度合いによって違いはありますが、多くの患者さんは通院しながら職場復帰したり、家事や家庭・社会生活を両立させながら頑張っています。最後に、2人に1人ががんになる時代です。今は大丈夫でも、いつか自分や職場の同僚ががんになり、治療しながら働く日がくるかもしれません。いざという時のため、すべての人が今からがんについて正しく学び、備えてほしいと思います。乳がんも女性だけが知っていればいい病気ではありません。今回のインタビュー記事が、患者さんやご家族、周囲の方々はもちろん、一人でも多くの方が乳がんについて考えるきっかけになればいいなと思っています。
※文中に記載の組織名・所属・肩書・内容などは、すべて2022年11月時点(インタビュー時点)のものです。

    

         

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