DOCTOR INTERVIEWドクターインタビュー


腎臓病について正しい理解を腎不全治療で「腹膜透析」に注力

腎臓内科部長/人工透析センター長 眞岡 知央

 腎臓病と聞いて、どんな病気を思い浮かべますか。多くの人が思い浮かべるのは、腎臓の機能が低下し、やがて働きが失われ(腎不全)、透析が必要になるような病気のことではないでしょうか。腎臓病は、これまで「治らない病気」と考えられてきました。今日でも根本的な治療法はまだ見つかっていませんが、治療は大きく進歩しており、病気の進行を少しずつ抑制できるようになっています。大切なのは、早期に発見して治療を開始することです。また、もし腎不全になってしまっても、人生が終わるわけではありません。質の高い透析療法を受けながら、より長く、元気に、前向きに生活されている方は数多くいらっしゃいます。
 腎臓の働きと腎臓病の基礎知識、新たな国民病といわれる「慢性腎臓病(CKD)」とその診断や治療、腎不全に対する透析療法の種類と同科・同センターが普及を進める「腹膜透析」についてなど、眞岡知央医師にお話を伺いました。

腎臓はどんな臓器ですか?

 腎臓は腰の上に2つあるこぶし大の臓器です。血液をろ過して余分な水分や塩分、老廃物(尿毒素)を取り除き、尿として排せつします。また、体液を弱アルカリ性に保つなど体内の恒常性を維持したり、血圧をコントロールしたりするほか、赤血球の生成を促したり、ビタミンDを活性化させることで骨の強度を保つ役割もあります。
 腎臓には「糸球体」と呼ばれるろ過器と「尿細管」と呼ばれる必要なものと不必要なものをふるい分ける細長い管があり、それらを一組にして「ネフロン」と呼んでいます。ネフロンは、片方の腎臓に100万個、もう片方に100万個あり、約200万個存在します。「腎臓の働きが低下する」というのは、このネフロンが減少していることを意味します。ネフロンが減少すると、残されたネフロンは過重労働を強いられます。「糸球体過剰ろ過」と呼ばれる状態です。糸球体過剰ろ過により残されたネフロンが少なくなればなるほど、その速度をあげて傷んでいきます。
 腎臓の働きが低下すると、濃い尿を十分に作ることができなくなるため、塩分が過剰になってむくみが出たり、血圧が上がります。腎機能(推算糸球体ろ過量=eGFR)が正常の30%を下回ってくるとその傾向は顕著となり、食欲低下や吐き気、貧血、動悸・息切れなどの症状が現れやすくなります。ネフロンはいわば“消耗品”で、一度減ると再生しません。つまり、腎臓の機能は一度失われると回復することが難しく、腎不全が悪化すると、透析療法や腎移植など腎臓の代わりに老廃物を除去する「腎代替療法」が必要となります。
 腎機能の低下は気付かない間に進んでいきます。それが厄介で、恐ろしい点です。機能低下が極めて深刻な状態になって初めてむくみ、高血圧、食欲低下、吐き気、貧血などの症状を自覚するケースが大半です。

腎機能の低下を招く腎臓病について教えてください。

 腎臓病と一口にいっても、腎機能が悪化する原因や経緯などによってさまざまな種類に分けられます。代表的なものとしては「慢性糸球体腎炎(lgA腎症)」や「糖尿病性腎症」、「腎硬化症」などが挙げられます。
 腎臓の糸球体が慢性的に十分な機能を果たさず、たんぱく尿や血尿が出る病気が慢性糸球体腎炎ですが、病理組織像よってさらにいくつかのタイプに分類されます。lgA腎症は、慢性糸球体腎炎の中で最も多くみられます。糸球体のメサンギウム細胞にlgAというタンパクが沈着することからそのように呼ばれています。学校や職場の検診で発見されることも多く、放置すると約4割の人gは末期腎不全に至ると言われています。
 糖尿病が原因で腎臓の機能が損なわれる糖尿病性腎症は、糖尿病の3大合併症の一つです。現在、日本人が人工透析を受けるようになる理由の第1位の病気です。
 糖尿病で血糖値の高い状態が長期間続くことで、全身の動脈硬化が進行し始め、毛細血管の塊である腎臓の糸球体でも細かな血管が壊れ、 網の目が破れたり詰まったりして老廃物をろ過することができなくなる病気です。腎硬化症は、高血圧の影響で腎臓の血管の動脈硬化が進み、腎機能が低下してしまう病気です。そのほか、腎臓病として「ネフローゼ症候群」もよく知られています。この病名は原因を問わず、多量にたんぱく尿が出てむくみが出る病気全体を指します。
 また、原因を問わず、慢性的に進行する腎臓病を総称して「慢性腎臓病(CKD)」と呼んでいます。CKDとは、たんぱく尿および、腎機能(推算糸球体ろ過量=eGFR)が毎分60ml未満の低い状態が3カ月以上持続するものです。従来、腎臓病は原因や症状によって細かく分類されておりましたが、慢性腎臓病は健診の数値で判断できるので、自覚症状がなくても腎臓の異常を発見しやすく、腎臓病の早期診断・早期治療につなげられるようになったといえます。また、CKDは、CKDがない方と比べると、心筋梗塞や脳卒中など心脳血管疾患にかかりやすいことも分かっています。CKDの治療は腎臓だけにとどまらず、心血管・脳血管疾患の悪化原因となる生活習慣病なども一緒に治療することに主眼を置いています。それが腎臓の機能低下を遅らせることにもつながると考えられるようになっています。

腎臓病の診断と治療について教えてください。

 多くの場合は無症状の間に、健診などの尿検査でたんぱく尿や血尿が見つかることをきっかけに診断されます。腎臓の機能が低下してきている方は、まず原因となっている病気がなにかを見極めることが大事になりますので、腎臓の超音波検査や腎臓の組織を採って調べる腎生検などで、原因疾患の種類や進み具合を判定します。
 腎臓病であると診断された時から、この病気との長い付き合いが始まります。腎臓病の原因はさまざまなものがありますが、現在の医療ではどれも根治が難しいものが多いため、それらとじっくりと付き合っていく必要があります。原因がなんであれ、腎臓病と診断されたら、まず適切な治療によって病気の進行を遅らせ、残されたネフロンに負担のないよう腎臓を大事に使いながら、末期腎不全にいたることを防がなければなりません。主な治療としては、塩分制限や、タンパク質の摂取制限などの食事療法、肥満の予防や運動、禁煙などの生活改善で、出現した症状に応じた薬物療法も行います。また、糖尿病性腎症や腎硬化症のように、全身の病気によって腎臓の機能が低下している場合は、その大元の病気への治療が重要です。例えば、糖尿病や高血圧が原因であれば、血糖や血圧の管理を厳格に行っていきますし、膠原病が原因であればそれを抑えるためにステロイドや免疫抑制剤が使われます。
近年は腎臓病そのものの進行抑制に関して効果の高い薬もいくつか使用できるようになっていますが、進行した状態では効果が少なくなってしまうので、腎臓の異変を早く見つけ必要に応じた治療を始めることが大切です。

早期発見・予防のために大切なことは何ですか?

 かなり腎臓の状態が悪化していても、自覚症状が現れないことは珍しくありません。なんだか体調がすぐれないと思って受診したら、既に末期腎不全になっていて、その日から透析療法が必要になる人もいるほどです。症状のないうちに腎臓の異変に気付くには、定期的な健康診断が頼みの綱です。学校や職場などでの定期健診は必ず受け、それらの対象外となった方も年1回は自ら健診を心掛けてほしいと思います。
 腎臓病の有無は、健診での尿検査と血液検査でおおよそ分かります。尿検査でたんぱく尿を認める場合は、腎臓に何らかの異常が生じて腎臓からたんぱくが漏れ出ている可能性があります。また、血液検査では、「血清クレアチニン」から腎機能の指標としてeGFRが算出できます。この数値が60未満の場合は、腎機能が低下していることを意味します。特に、たんぱく尿は腎臓からの最初のSOSサインです。軽視したり、放置したりせずに、病院を受診することをお勧めします。
 予防については、生活習慣病の予防と重なるものがほとんどですが、適正な血糖管理・血圧管理・脂質管理・尿酸管理、肥満の解消、減塩、たんぱく質を摂りすぎない、アルコールの適正摂取、適切な水分摂取、適度な運動、十分な睡眠と休養、ストレスをためない、禁煙などが腎臓をいたわる生活のポイントです。

透析療法について詳しく教えてください。

 残念ながら腎臓の働きが失われてしまい末期腎不全の状態になると、腎代替療法が必要となります。腎代替療法としては腎移植、腹膜透析(PD)、血液透析(HD)があります。
 透析療法を行う患者さんは年々増加し、2021年末で国内に約35万人います。そのうち約97%が血液透析を、約3%が腹膜透析を受けています。
 血液透析は医療施設で受けるものが主流で、医療者が治療を行います。患者さんの血液を体外に取り出してダイアライザーと呼ばれる装置の中を通します。これにより患者さんの血液から老廃物や余分な水分を除去したり電解質の調整を行ったりし、ダイアライザーできれいになった血液を再び患者の体内に戻します。患者さんの腕の血管に、静脈と動脈をつなぐシャントと呼ばれる透析をしやすくするための血管手術をして、腕の血管に毎回針を刺して回路を繋ぎ、血液を取り出してまた腕の血管に血液を返す方法が主流です。患者さんは1回約4時間、週3回程度、通院して治療を受ける必要があります。
 一方、腹膜透析は主に在宅で行う透析で、通院は月に1~2回程度です。毎日の透析は、本人もしくは介助者(ご家族や訪問看護師)が行います。患者さんが自分で治療を行う必要があります。腹膜とは、人の体の内臓表面や腹壁の内側を覆っている膜のことです。人のおなかの中は腹膜で覆われていますが、その空間を腹腔といいます。腹腔内に透析液を入れておくと、腹膜を介して血液中の老廃物や余分な水分が透析液側に移動します。この老廃物や水分が移動した透析液を交換することで血液が浄化されます。
 腹膜透析を行うには、透析液を出し入れするためのカテーテルをおなかに留置する手術が必要です。カテーテルを通してバッグから腹腔内に約1.5~2リットルの透析液を入れ、数時間したら液を抜きます。これを「バッグ交換」といいます。バッグ交換を1日に3、4回繰り返します。1回30分前後のバック交換時以外は自由に行動できます。寝ている間におなかの中の透析液を自動で交換する方法もあります。この場合、日中の行動は自由となります。

あまり聞き慣れない「腹膜透析」ですが、その利点と考慮が必要な点を教えてください。

 腎不全となり、腎臓の働きが10%以下に低下しても、腎臓は老廃物の除去や水分の調整などの機能をわずかながらも継続して保っています。これを「残存腎機能」と呼びます。腹膜透析は、個人差はありますが透析導入後でも残存腎機能をより長く保つことができ、尿が出なくなる時期を先延ばしにできるケースも多いです。また、時間の拘束が少なく、自宅や職場、外出先など、治療の場所を自分で設定できることから働き盛りの世代や、旅行や趣味に時間を使いたいという患者さんの満足度が高いです。
 考慮すべき点としては、治療に慣れるまでに時間がかかる場合があること、発生頻度は低いですがバッグ交換の際に細菌が管から入り込むと腹膜炎になるおそれがあり、予防のための注意が必要なこと、5〜10年で腹膜の働きが低下するため、いずれは血液透析に移行せざるを得ないこと、などが挙げられます。
 ただ80代、90代くらいの高齢の方では、最後まで腹膜透析で寿命を全うする経過も想定されます。

どうして腹膜透析を選択する患者さんの数がこんなに少ないのでしょうか?

 以前は、長期に腹膜透析を施行すると腹膜が硬化し、被嚢性硬化性腹膜炎を発症するリスクが高まるといわれていた時期がありましたが、透析液などの改良と進歩により、こうした合併症はかなり少なくなっています。しかしながら、現在も腹膜透析への誤解や偏見を持っている医療者も少なくないと思います。もう一つは、腹膜透析の患者さんの数が少ないため、腎不全治療にかかわる医師や看護師、コメディカルが腹膜透析のきちんとしたトレーニングを受けられない現状があります。そもそも腹膜透析を詳しく説明できる医療者が少ないのだから、患者さんへの説明は不十分になり、患者さんは比較検討する間もなく国内で主流の血液透析を選んでしまっているのだと思います。
 海外では、日本との医療政策の違いから、より腹膜透析が普及している地域(香港・タイ・メキシコなど)もあります。日本の状況を鑑みると、場合によっては本当に合った治療法なのかを考える材料や時間が十分でないまま透析を開始している現状があるかもしれません。
腹膜透析と血液透析は対立する概念ではなく、単に治療の時期が違うだけです。患者さんがどういった生活を送りたいか。医師は患者さんの思いや考えを理解し、治療の選択肢を丁寧に説明することが大切だと考えます。より多くの患者さんが自分に適した透析療法に出合い、我々と一緒に治療選択を行うことが望ましいと考えます。

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 心の準備がないと、「腎臓病」と聞いただけでショックを受ける方が多いかもしれません。でも、今では早い段階で発見して適切に治療を進めれば、進行を止めたり、治すこともできるようになってきました。過度に怖がらず、腎臓病を正しく知ってほしいと思います。
 透析療法についても、待ったなしで考えるのではなく、早い段階から具体的な治療法を知っておくと、納得して治療に向き合うことができるはずです。透析はきちんと管理していけば、必ずしも生命予後の悪い治療法ではありません。自分に合う治療を選ぶことで、仕事や趣味を続け、豊かな時間を過ごすことはもちろん可能です。
 今後も、患者さんの病態、年齢、仕事や趣味、生活習慣といったライフスタイル、生活環境などを踏まえ、一人ひとりに合ったオーダーメードの腎臓病・透析医療を提供していきたいです。

文中に記載の組織名・所属・肩書・内容などは、すべて2023年6月時点(インタビュー時点)のものです。

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